米Diabetes誌に研究論文掲載

2012年7月23日(米国時間)より、アメリカ糖尿病学会(ADA = American Diabetes Association)発行の学術誌「Diabetes」に本学大学院医学研究科内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科・益崎裕章教授)の論文が掲載されることになりました。

この論文は、「Brown rice and its component, γ-oryzanol, attenuate the preference for high-fat diet by decreasing hypothalamic endoplasmic reticulum stress in mice(論文タイトル訳:玄米およびその成分、γ-オリザノールが、マウスにおいては視床下部の小胞体ストレスを軽減することによって高脂肪食に対する嗜好性を減衰させる)」という研究で、玄米が高脂肪食に対する嗜好性を軽減させることにより抗肥満・抗糖尿病効果を発揮していること、さらに、玄米に豊富に含まれる成分の1つγ-オリザノールがその効果発現に関与していることを世界で初めて明らかにしたものです。

今回の論文について、内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座の益崎教授と研究の中心的人物である小塚智沙代さん(同講座大学院生)にお話を伺いました。

研究の背景について

生活習慣の欧米化を背景に、肥満・糖尿病は地球規模の健康問題となっています。

益崎裕章教授

米国をはじめ各国で肥満研究に対して莫大な資金がつぎ込まれ、抗肥満薬の開発が試みられていますが、従来の抗肥満薬では十分な臨床効果が得られないだけでなく、脳に作用する薬剤も多く、中枢・末梢神経系や心臓に対する重篤な副作用が問題となっています。

このような背景を踏まえて、近年、食習慣の改善や運動などを活用した新しいアプローチが見直されています。

私たちは食品が食行動に影響を及ぼす可能性に注目し、沖縄県で古くから食べられてきた玄米の研究を行いました。

最近の疫学研究に沖縄県のメタボリック症候群の方を集めて、玄米を食べるグループと白米を食べるグループとでどのような違いがあるかを調べた研究があり、その結果、玄米のグループでは、体重の減量、血糖値の低下、血管年齢の改善などの効果のあることは知られていたのですが、実際に玄米がどういう原理でその効果を出しているのかは分かりませんでした。

この研究は、玄米食の抗肥満・抗糖尿病作用という未知のメカニズムを食行動に及ぼす影響に注目して解析することを目的としています。

実際の実験

小塚智沙代さん

高脂肪食に対する嗜好性を評価するために、マウスに通常食と高脂肪食を同時に与え、自由に選択させました。

マウスはヒトと同様に高脂肪食に対する嗜好性がとても強く、通常食と高脂肪食を選択させると高脂肪食を好んで食べるために肥満することになります。

次に、マウスに与える餌を玄米を含む餌と白米を含む餌とに分け、評価実験と同様に通常食と高脂肪食を同時に与える実験を行いました。

この結果、玄米を含む餌を選択させたマウスでは通常食を好んで食べ、体重増加が抑制された一方、白米を含む餌を選択させたマウスでは、このような変化は見られませんでした。

この実験のアプローチは、マウスに「食物選択」させるという点で新しいものです。

この実験によって、単に玄米の栄養素としての効果だけではなく、「玄米を摂取した結果、他の食物摂取に影響を及ぼす」という食行動を変化させるという効果を見出すことになったのです。

私たちは高脂肪食に対する嗜好性を変化させる玄米の作用に米ぬかに豊富に含まれているγ-オリザノールが関与していることを新たに発見しました。γ-オリザノールを経口投与したマウスにおいても、玄米を摂取したマウスと同様に通常食を好んで食べるように食行動が大きく変化しました。

γ-オリザノールへの着目

私たちがγ-オリザノールに着目したのには、2つの前提がありました。

1つは、高脂肪食の摂取によって摂食中枢である視床下部における小胞体ストレス(ERストレス)と呼ばれる代謝ストレスが高まることが、従来の研究で分かっていました。

2つ目は、小胞体ストレスを抑制する化学物質「4-フェニル酪酸(4PBA)」の存在です。

4PBAは人工合成された化学物質で、小胞体ストレスを抑制することが分かっていました。

ここで私たちは、玄米成分のγ-オリザノールの「亀の甲(化学構造式)」が4PBAのそれに類似している点に気づきました。

γ-オリザノールは4PBAと同様に小胞体ストレスに対して抑制的に働くのではないかという仮定の下、研究を進めた結果、正しくγ-オリザノールは、小胞体ストレスを抑制することが分かりました。

小胞体ストレスと嗜好性の変化

さらに、私たちはこのような高脂肪食に対する嗜好性の変化に、小胞体ストレスが関与していることを証明しました。

高脂肪食の摂取は視床下部における小胞体ストレスを亢進させることで、一段と高脂肪食に対する嗜好性を増強させることが分かりました。一方、玄米やγ-オリザノールは高脂肪食の摂取による視床下部における小胞体ストレスの亢進を抑制し、高脂肪食の過剰摂取を防ぐという高脂肪食摂取の悪循環のサイクルを断ち切る効果があることを実証することができました。

今後の研究

私たちの今後の研究としては、まずマウスで実証されたこの小胞体ストレスの抑制効果や食物嗜好性の変化などの効果が人体に対しては、どのように作用するかという臨床的検証を行っていくというのが1つです。

また、この研究の成果として、サプリメント開発ということも想定しています。

様々なダイエットサプリメントが世に出ていますが、今回の研究成果は、分子構造と生体内での化学作用を詳細に解析しているという点で、従来の疫学的なサプリメント開発とは一線を画するものだと思っています。新世代の機能性食品の開発ということも可能だと考えています。

もう一つ、今回の研究の過程でγ-オリザノールの摂取が血糖値に与える影響について新しい発見がありました。この発見についても近い将来、発表できるかと思います。こういった新たに解明される成果から、肥満や糖尿病に対して多面的に作用する薬剤やサプリメント、治療法などが生まれることを期待しています。