佐藤丈寛 助教が第66回日本人類学会大会において「若手会員大会発表賞」受賞

佐藤丈寛 助教(人体解剖学講座)昨年11月2日から4日に開催された第66回日本人類学会大会において、本学人体解剖学講座の佐藤丈寛 助教が、若手会員大会発表賞を受賞しました。
この賞 は、事前に応募した若手会員が、人類学会大会期間中に各自の研究発表を大会参加者全員が聴取できるひとつの会場で順番に行い、大会の会長が委嘱した選考委員がその 中から最優秀者を選び授与されるものです。

佐藤先生にインタビューを行いました。

受賞した研究発表について

-受賞した「ゲノムワイドSNP(スニップ)データに基づく琉球列島の人々の集団構造」はどのような研究でしょうか?
佐藤助教
遺伝情報の総体であるゲノム中に存在する単一塩基多型(SNP)と呼ばれる変異を数十万個解析し比較分析することで、琉球列島の人々には地域間に遺伝的差異があることを発見したものです。
既存の研究で、琉球列島の人々は本土の人々とは遺伝的に異なるグループを形成していることが報告されていますが、今回の研究で、琉球列島の人々がさらに地域間で分集団化していることが明らかになりました。
具体的には、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島、本土日本、韓国の出身者を対象にDNAの分析を行い、これに国際HapMap計画のJPT、CHB、CEU、YRIのデータを加えて統計学的解析を行いました。
※国際HapMap計画=
ヒトの病気や薬に対する反応性に関わる遺伝子を発見するための基盤を整備するプロジェクトです。
JPT=日本、東京の日本人、CHB=中国、北京の漢民族系中国人、YRI=ナイジェリア、イバダンのヨルバ族、CEU=北ヨーロッパや西ヨーロッパから来た祖先を持つ米国ユタ州の住民
研究ではまず、沖縄本島地方と先島地方(宮古・八重山諸島)が広い海洋で隔てられている(ケラマギャップ)という地理的条件と、考古学的な見地から沖縄本島地方と先島地方の間には、文化的に断絶していた期間が長く存在していた点から、両地域の人々の間には遺伝的差異がみられるのではないかと予想しました。

研究について解説する佐藤助教

ゲノム情報を用いて解析を行った結果、沖縄諸島の人々と宮古諸島の人々は遺伝的に異なるグループを形成していることが分かりました。
また、八重山諸島の人々は、遺伝的に沖縄諸島の人々と宮古諸島の人々の間に位置していました。
地理的に沖縄本島からより遠い八重山諸島の人々が、沖縄本島地方の人々と宮古諸島の人々の中間的な位置づけだった点は意外でしたが、これは近代に沖縄本島から八重山諸島への移住が何度か行われたことが記録として残っているので、今回得られた結果は、このような近代の移住の歴史を反映しているものと思われます。
-沖縄諸島と宮古諸島の人々の分集団化はなぜ起こったのでしょうか?
佐藤助教
先島地方が、沖縄本島より台湾に近いという地理的条件から、台湾先住民からの遺伝的影響があるのではないかと考えて、台湾先住民の「アミ」と「アタヤル」のデータを加えて再び解析を行ったのですが、沖縄本島地方の人々と先島地方の人々のどちらも台湾先住民からの影響をほとんど受けていないという結果が得られました。
では、なぜ分集団化が起こっているかというと、沖縄諸島に住んでいた一部の人々が先島地方に移住した後に両者の間に頻繁な移住が起こらなかったため、世代を重ねるにつれて遺伝的特徴がそれぞれの地域で特殊化していったのではないかと考えています。
-集団が分岐した時期はいつごろでしょうか?
佐藤助教
最新のゲノム研究から推定されているアジア人とヨーロッパ人の分岐年代をもとに計算すると、漢民族と琉球列島の人々の分岐は、1万3,000年前(縄文時代草創期)ごろと推定されました。
また、沖縄諸島と宮古諸島の人々の分岐年代は、少し幅がありますが、古くても3,000年くらい前には分岐したと推定されました。
興味深いのは、今回推定された分岐年代が港川人(約1万8,000年前)や近年発掘されて話題になった白保竿根田原洞穴人(約2万年前)の年代よりもずっと新しいことです。
港川人と白保竿根田原洞穴人がそれぞれ現在の沖縄本島地方・先島地方の人々の祖先だと仮定すると、琉球列島の人々と漢民族の分岐年代や沖縄諸島の人々と宮古諸島の人々の分岐年代は、これらの旧石器時代人が暮らしていた年代と同じくらいかそれより古くなるはずです。
まだ研究中の段階ですので最終的な結論ではないのですが、このことは港川人や白保竿根田原洞穴人が現在の琉球列島の人々の主な祖先ではない可能性が高いことを示しています。
近年では、形態学的分析から港川人は現在の琉球列島の人々の祖先ではないと考える研究者もいますので、本研究の結果は、このような最新の形態学的研究とも整合性のとれる結果であると言えます。
-今後の研究は?
佐藤助教
本研究の中で現在の先島地方の人々は、古くても約3,000年前に沖縄諸島から移住してきた人々の子孫である可能性が高いことが示されましたが、先島地方ではそれより古い時代の遺跡も多く発掘されています。
しかし、それらの遺跡を利用していた人々がどのような人々だったのか、よく分かっていません。
現在の先島地方の人々の祖先よりも前の時代に沖縄諸島から移住した人々かもしれませんし、台湾やフィリピンからやってきた人達かもしれません。
少なくとも、現在の先島地方の人々と直接の遺伝的なつながりはほとんど無いようです。
古代DNA分析という手法を使うと、発掘された古い骨からもDNAを取り出して分析することが可能なので、今後はこの古代DNA分析の技術を使って先史時代の先島地方の人々がどのような人達だったのかを明らかにしていきたいと思います。

研究の面白さ

佐藤助教
今回の研究は、分子人類学という分野の研究になりますが、ヒト集団の近縁関係や日本人のルーツといった文字記録のない時代の移住・混血の歴史を、DNA情報の比較分析から客観的に推定できるところがこの分野の強みです。
特に最近ではゲノム解析技術の進歩によって非常に多くの情報が得られるようになっていますので、集団の近縁関係や分岐年代、過去の集団のおおよその人数、混血の割合なども高い精度で推定できるようになりました。
今回の研究では、港川人は現在の琉球列島の人々とはあまり関係が無さそうだということが推定されたわけですが、港川人は遥か昔に沖縄に住んでいた人達ですので、以前は、港川人は琉球列島の人々の祖先であるという考えが有力でした。
最初にこう考えてしまうのは当然と言えば当然のことなのですが、分子人類学的手法によって物事はそう単純ではなさそうだということを指摘できるのが、この分野の面白い点だと思います。

琉球大学の魅力

佐藤助教
人類学では、琉球という地域は非常に重要な土地です。
これは、琉球の人々は本土の人々に比べて縄文人の特徴を色濃く残していると考えられているためです。
日本の人類学研究においては、日本人の起源を解明することが最も重要なテーマの一つですが、こういった研究を進めるにあたって琉球は正に絶好の場所です。
人類学者として琉球大学で研究できることは大きな強みであると考えています。
また、若手研究者の研究を補助する「国際交流奨励事業」や「教育研究奨励事業」などの諸制度によるサポートがあるので研究しやすい環境が整っていると思います。